四方山サムライブルー 2006年サッカーワールドカップが始まりました。日本代表を応援するキャッチフレーズが「SAMURAI BLUE 2006」。日本サッカー協会公式ホームページによると、 SAMURAIの精神を覚醒させせよ。 誇り高きプレーで、 どこまでもフェアな清々しさで、 そして勝利への強い思いで、 さあ、世界を驚かそう。 云々 とあります。テレビで流れる応援メッセージなどを見てもたまに「侍の魂で頑張ってください」と、侍(SAMURAI)の語がよく出てきます。 侍、侍といいますが、本当に分かっていっているのかどうか、僕はこのキャッチを好きになれない。またよく知りもしないで侍の魂でという側も好きになれない。せめて『武士道』や『葉隠』を読んでから言ってほしいものです。 『葉隠』では武士の根本は主君への死を賭しての奉公ですから、選手はジーコ監督にそこまで尽くすのか?それならWBCで選手が口々に「王監督のために」「王監督に恥はかかせられない」と言っていたWBC日本代表への方が使われ方としてはまだ正しいのではないかな、と思います。 それは置いておくとして、侍=武士のイメージというものが、このキャッチからうかがい知れます。「誇り高さ」「フェア」「清々しい」。これは誰が見ても、この字の通りで理解が可能。凛とした姿が想像できます。しかし「SAMURAIの精神」これだけが僕にはやはり理解できない。語感優先でしょうか。 「誇り高さ」は武士は食わねど高楊枝、ですから、誇りを失ってはいけません。しかし、今の選手にこれを求めるのはいささか無理があるのではないかなと思います。真剣勝負の場面で練習とはいえ、歯を見せて笑っている場合ではないです。 「フェア」。武士はフェアだということです。お家の存続のためには裏切るのが当たり前、いざとなれば事なかれ主義の側面もあるのですが、これはよい部分のイメージ先行でしょうか。 「清々しい」。武士の挙措は須らくこうありたいものですが、これも現代には生きません。無精ひげや染髪は武士の魂に反すること請け合い。 ということで、分かりはするものの、日本代表の選手にマッチしない気がします。武士の世の中は帝国主義の列強に飲み込まれたという事実からしてすでに勝てないような気もするのですが、いかがなものでしょうか。 武士道のなんたるかを僕がどうこう言うのもおこがましいですが、少なくとも世間一般での見方と、こういった側面もあるという部分はきちんと踏まえる必要がありそうです。 ひとまず、日本の健闘を期待しつつ応援してみたいとは思います。 前のページへ戻る | ||