四方山


ダメな会議
会議や話し合いというものは具体的行動レベルの言ってみれば誰の目にも見える結論を導き出すことが目的というのも。

僕が塾の非常勤だった時に、京都で講師が小6の女の子を刺殺するというショッキングな事件が起きた。原因は多々あるのでしょうが、これを受けて全員で緊急会議が開かれるというので、僕だけ授業の日ではないですが来い、という話になった。僕もこの事件には感心があったので、どういう話があるのか、と行くことに。

会議は、全員が生徒との遣り取りの中で起きてしまった問題を順番に言うというものだった。なんだそれ?とすでにやる気失せモードの僕。詰まる所、情報の共有化とそのためのコミュニケーションの活発化をしよう、という結論。

会議に来なきゃ良かったと心底思いました。なぜならば、情報の共有化をしようとなっても、その方法は話にすら出ない。コミュニケーションの活発化といっても、今までと何を変えていくのかが問題にならない。生徒対応の一定のルールなども別段話には出ない。

ようするに、こういった精神論に終始する会議は徒労に終わるのみ。頑張ろう、と精神高揚させることは大切ですが、それだけで変わるのだったら、もう変わってます。変わらないから、具体的に何をしていくか決めるのが会議というものでは。

と思っていて、僕は会議の司会者ではないので提言するのもアホらしくなって静観していたわけですが、もう少し司会者たるマネージャーは目的を明確にして会議を始めるべきだったろうなと思います。会議は実は司会者次第で、結局、何ら変わらなかったのですから。

少なくとも、当時週に1−2回しか顔を出していない僕の方が、生徒とコミュニケーションをとっていたあの状況では、その会議が有効だったとは思えません。皆さんもぜひ目に見える具体化策を会議ではひねり出して下さいませ。

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