四方山


先生選択性
クラスの担任を選択性にして欲しいという保護者がいたりする。指導力のない教員1年目の担任よりも指導力のあるベテランの担任がよいというわけです。

学校が何のためにあるかということを考えてみると、子どもたちが大人になるべく段階をふませるステップとして、勉強も人間形成も存在しているように思います。とすると、選択性は宜しくない。社会に出て、上司や部下は選べない。気のあった仲間とだけしか仕事しない、というわけには行かない。

子どもにはよい環境を与えたいというのは分かります。しかし、温室に入れておけばよい、環境さえ与えれば良いという風潮があるのも事実ですから、むしろそれしかいわない場合は危険と言えます。環境がどうあれ、親がしっかりしていてきちんと成長する子はいますから。

そう考えると、ある程度は先生のレベルで差が生まれるのは、やむを得ないと考えざるを得ないのか。もちろん、ある一定水準をクリアした先生が担任だという場合においては。水準以下なら大問題で、実際にはその大問題が多いのでしょうが。

さてそうなると、そもそも学級崩壊が起きた原因はどこかを探る方が先。原因の一つ目は指導力のなさ。

新米の先生に指導力を求めるのは酷といえますが、子どもや保護者にとっては、そんな物は関係のない話し。そういう意味では指導力のない先生が指導している現状に大いに問題がある。もちろん、各種研修はたくさんあるし、学校内でも恐らく問題になっているところでしょう。また昨今では指導能力のない教員は排除される傾向にある。なんとか指導力を上げようと躍起になっているのは事実だと思います。

それでも教員向きな人とそうでない人というのがある。思うに向かない人が増えた。残念ながら人にモノを教える仕事というのは努力でなんとかなる次元を超えて、まさしく適正があるのかどうかが非常に大きい。適正のない人は本人のためにも、子どもたちのためにもすべきでない。

その教科の素晴らしさ、楽しさを伝えたい、人間形成の何たるかを伝えて生きたい、なんていうのは適正があっても難しいのに、ない人には無理ですから。教科指導能力さえあれば授業は勤まるのかというと勤まりませんからね。人間的な魅力、いわゆるカリスマ的なものがないと子どもはこっちを見ません。そういった適正をクリアした人が教員をすべきですよ。その上で様々な指導上の技術などを習得すればいいと思いますよ。

学校や保護者が教師に求めるのは教科指導能力だけではない。生徒指導能力(人間形成)も求めている。今までも予備校ではないのでもちろん人間形成については求めていましたが今のご時勢だと人間形成をすべて学校に押し付けようというきらいもある。

いや、正確にいうならば、押し付け、ではなくてそういうものだ、と思っている、もしくは家庭教育が放棄されている、ということがあげられる。だからしつけが全くなされていないような子どもたちを適正のない先生が見るという地獄絵図が容易に想像できる状態が現出されるわけです。

ということで、本当に適正のある教員を採用して適性がないなら辞めてもらうことです。それから、家庭教育なりできちんとしつけぐらいしてから学校に来いや。少なくとも、学級崩壊という以前に全く人の話を聞かない(聞けない)子どもには保護者にかなりの問題がありますよ。教育を放棄しないで、人の話はきちんと聞く、授業中は騒がないというマナーぐらい家で教えろ。それもしないでいくら学校側だけが対応したって無駄です。

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