四方山三つ子の魂 多少なりとも思想をかじってきた僕ですが、人間いかに生きるべきか、という永遠のテーマの答えはともかくも、僕の中でのここは大切かなという部分は見えてきました。 僕の脳味噌が今一つ明晰ではないため、難しい言葉で書かれた本などは実はよく分かりません。名の通った哲学者などの書であっても分からない物は分からない。 おそらく理解できれば新たな地平が開けたりするのでしょうが、全員に分からせる気など更々ないのではないか、とすら思えます。頭がいいのだったら、もっと簡単に説明してみせろ、分かるように伝えてみろ、と思うのですが、根本的に僕とはその点では発想が違うようです。簡単なことを言葉巧みに難しくみせることは可能でしょうが、その逆は難しい。 そこで僕は自らのその思いに答えるべく、なるべく平易に、中学生くらいにも分かる程度の内容で語るべきと考えています。 そういう前提があって、それでは生きるに当たって、なにが大切なのか。親が子供にしつける場面を想像します。 お友達とは仲良くしなさい。 人の物をとってはダメです。 たたいてはいけません。 僕はこの3つ、相当の真理だと思います。色々な宗教や教えがあって、細かなところでは違うでしょうがぶれていない部分はあるわけで、僕はそれを真理なのだろうと思っています。この3つはなかなか動かしがたい。 しかし、大人になるとこれが守れない。 人を虐げるような行動をとっていませんか? 仲良くしていく円滑な言動を心がけていますか? 人を羨んだりしていませんか? 他者を攻撃するような言動をとっていませんか? 迷惑を顧みない言動はありませんか? 国家であってもここから逃れられていないことが分かると思います。親が子供に諭して聞かせているにも関わらず、なかなか守れないわけです。理想とは出来もしない絵空事ではないはず。実際に子供は守ろうとし、守ります。 それへ何らかのフィルターがかかったり、屁理屈がつきまとうのだと思います。国家の思惑はそんな単純ではないということもあるのかもしれません。修身斉家治国平天下は前二つと後ろ二つはやはり切り離して根本原理も別物と考えるべきなのか。しかし、真理は難しい言葉などではなく、実は身近なところにあるのだろうと僕は思っています。 前のページへ戻る | ||